WTRPG CATCH THE SKY~地球SOS~の日々を綴る日記。依頼の感想や、OMC、PLの話をポロポロと話したいな。
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cts~地球SOS~家族紹介
2022/03/31/ (木) | edit |
CATCH THE SKY ~地球SOS~

の片隅でひっそりと戦って遊んで萌えている男の子のPC達のご紹介。

その内顔バレはしますのでしばしお待ちを。

ぬこ→長男。ある数個の単語で有名であるかもしれない。色々がんばれ。

義弟→上の義弟。へタレ攻めでまっすぐなかわゆい子(´ー`)

獅子の人→30のナイスミドル。経験豊富だけど、精神的に弱いおじさん。ちょいと若い。

流星な子→四人目。三人とのつながりは無く。元気な子を目指している。色々と金のかかりそうな子

末っ子狼→末っ子でドラグーンっ子。一番可愛くてしょうがない。尻尾や髪型で萌えられている。
       計画通り|ー`) ニヤッ

長女→そそのかされて勢いで作っちゃった子。ロシア娘でどんな方向性で行くかは未定。さっそく上のお兄ちゃん達にくぁいがられている様子^^

こちらに掲載されるOMCに発注して作成された作品の権利は(株)テラネッツにあります。
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使用権:発注者。
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映画クレヨンしんちゃん 電撃!ブタのヒヅメ大作戦
2012/03/11/ (日) | edit |
クレヨンしんちゃんの歴代映画の投票があったのでタイトルのに入れた。

知ってる人ならアッパレ戦国大合戦とモーレツ大人帝国の逆襲が人気らしい。分かる。元々大人が見ても楽しめる要素が多かった映画シリーズの中で秀逸だと思う。「ブタのヒヅメ」を合わせて三大作品に挙げられている。

とあるレビューを読んだら「生みの親であるしんのすけがぶりぶりざえもんを改心させる」な言葉があったけど、そうじゃないと思う。

映画の前半ではぶりぶりざえもんは出てこない。予告編ではでてくるけど本編での出番は後半の中盤終わり。AIのディテールとしてぶりぶりざえもんの絵を見た博士が作り上げてそれをコンピュータウィルスとして世界を征服しようとした。
しんのすけが挨拶してもぶりぶりざえもんは勿論知らない。「生みの親」は「しんのすけ」でも、電脳世界で自我を持って生み出したのは「博士」だ。映画ではそれをキチンと物語ってる。それじゃ映画でのしんのすけとぶりぶりざえもんの関係は何か?

二人の関係は「友人」だ。いや、「兄弟」かもしれない。

救いのヒーローとしてしんのすけがクレヨンで紙に描いた空想のキャラクター。それがぶりぶりざえもん。しんのすけは自分で「生み出した」という自覚はないはずだ、彼は五歳児だ。自分で創り出した存在を空想でも「この世にはいない」とは思わず、世界に「認識」させようとして、絵に描いた。
しんのすけは頭の中でぶりぶりざえもんと遊び、アクション仮面やカンタムロボと一緒に遊んでいただろう。いつも遊んでる友達と同じ様に接している。
しんのすけが気さくに声をかけたのは「友人」か「兄弟」としての挨拶だ。唯一無二の存在として。しんのすけの語りで大量のオーディエンスとして現れたぶりぶりざえもんが一気に一人になるシーンがある。
世界にいこうとするぶりぶりざえもんに電脳世界にいったしんのすけが引き止める。コンピュータウィルスとして世界を混乱させる存在ではなく救いのヒーローだと言って。だけどぶりぶりざえもんが産み落とされた世界は電脳空間であり、世界中を自由に駆け回れることができる存在として生まれた。それは「生みの親」である博士がそう望んだから。しんのすけはそれを望まなかった。「友人」として知ってるぶりぶりざえもんとは違う事をしようとしていたからぶりぶりざえもんを引き止めた。
しんのすけが「ぶりぶりざえもんの物語」を語ってる間に博士がぶりぶりざえもんを消そうとする。
消えようとする「友人」の物語を語る。自分がいる「目的」ではなく「魂の意義」のような、何をするかではなく、何故いるのか、存在するのかという問いかけの物語。

それを聞いたぶりぶりざえもんは自分の存在を知り、ウィルスとしての目的を棄てた。そして生みの親である博士に消される運命を受け入れた。それが正しいと思ってぶりぶりざえもんは消えつつ「友人」として認めたしんすのけに笑いかけた。あの時ぶりぶりざえもんの存在は「世界」に認められた。
消えていく友人を見送ったしんのすけが流した涙は「友との別れ」で流した涙だ。創造した人間が流した涙ではなく、もしかしたら最初の友人かもしれない友の別れを悲しむ涙だ。




近況報告
足掛け八年。実質五年近い高校を卒業しました。
来月から大阪の専門学校に通います。
太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男~
2011/11/28/ (月) | edit |

ちょっと意味が分からなかった。実在をモデルにした話ってのは別にいいんだけど、竹之内豊演じる大場大尉が海兵隊を翻弄してそう呼ばれたっていうけどその過程が省かれたような進み方だった。ざっぱにいってしまえば、よく日本が撮る普通の戦争映画だった。これは別に歴史をモデルにしてるのだから問題はない。
それでも凄く違和感を覚えつつ映画を見た。サイパン島で突撃して玉砕した部隊にいた大場が生き残って死体に混じって敵をやり過ごそうとする。そこに唐沢敏明の堀内一等兵が銃口を向けるシーンで安易に示されていた。
この後から投降まで、大場大尉は一切戦っていない。戦闘で言えばしている。でも彼は戦争をしている空気がなかった。それの一つが部隊の指揮官だからかもしれない。寄り合いでできた部隊に民間人のトップの人間が人道的だから、上司との理不尽なぶつかりあいもせず指揮をできた。つまり自分の好きに人を動かせた訳だから楽といえば楽な立場にいた。
戦争映画なのに、誰が戦争してるんだ?
そう思いながら見てると戦っていた。堀内一等兵と民間人の千恵子だ。鹵獲したトンプソンを持ったヤクザの堀内は明らかに戦争をしてる。米軍の武器で戦い仲間が死ねば敵を殺して弔うと誓う堀内。家族を殺されて武器を持って戦おうとした千恵子。引き金を引いても弾が出ず敵を見送る形になって千恵子は泣く。この映画で彼らが一番戦争をしていた。
殺しあうだけが戦争か?そうじゃない。彼らは最前線にいた。理不尽な暴力を向けられた状況の中で、彼らは敵を殺すことで癒しを求めようとした。最前線で堀内は戦争を選び、千恵子は理不尽な暴力を憎んで復讐を誓った。
大場大尉が投降した後、千恵子と出会って戦争が終わった事を呟いた。
千恵子は終わってないという意味の台詞を言って映画が終わる。
この時点で決まってるけど、大場大尉は戦争をやっている自覚がなかった。
ただ自分より上の指揮官がいなかったから指揮官に選ばれて、数百人の命を預かって山奥へと逃げて、戦争が終わって投降を呼びかけられて、指揮官の命令があれば聞く、と他人に命運を預けてしまった。
この映画は大場大尉の物語ではなく、堀内と千恵子の物語だ、と決めた。戦争で生き延びる事ではなく、戦争を選択した彼らの物語だ。

戦争自体が理不尽だ。でも歴史には隙間なく書かれているものだ。その中で当事者は理不尽な選択をしないといけないし、戦わないといけない。その日本の映画で珍しく輝いていた堀内と千恵子が、僕には生き生きとして見えた。
モンガに散る
2011/09/11/ (日) | edit |
最近のアジア映画は凄い。中国も日本も勝てないな、と思う。


中国はハリウッドみたいにお金かけて大作売り出すけど、日本はあんまり国内から出ようとしてないからあくまで内へ、内へというイメージが強い。

このあたりの事情は良く知らないのでこの辺で。


この前DVDで「モンガに散る」を観た。

80年代台湾が舞台とこの辺りで既に面白い。話も転校生が不良に絡まれてそれを別の不良たちが助けて一緒につるむようになる青春映画。
友達の一人がヤクザの息子で、イタリアのマフィアみたいな世襲制のような組織で息子から息子へと、組織を維持する土着的なものだった。
この辺りでヤクザ映画と言いたいけど、あえて青春映画だといいたい。
血の契りを交わして義兄弟になる辺り、大陸的ではあるけど、でも友情ってこういうもんじゃない? と問いかけなくなる。友達の為に一生懸命になり、友達の為に最善の方法が何かを考え苦しむ。日本のヒョロイ男子よ、これで友情を学べ。
別にヤンキーにならんでもええ。喧嘩せんでもええ。友達の為に一生懸命になって欲しい。
そんな映画だった。

すくなくとも今見てる「キングダム・オブ・ヘブン」よりは人間身がある。
Joy Division
2011/09/09/ (金) | edit |
最近はまってる。こういう音が好き。僕の中で形成されてる音の一つで、それを集約して世に現れたのが「交響詩篇エウレカセブン」だった。
雲ってて、冷たい石の道路と簡素な住宅街と活気が今一つないような世界に魅力を感じる。第一話のOPで夜明け前の町を走るレントンのBGMにスーパーカーが流れた瞬間に僕が憧れる空間が広がった。


単に廃退スキーなだけ。サーセン。


前期、全単位取れた。落さずに始めていけた。やった。月曜日に母と三者面談させられた。疲れた。進路相談が憂鬱だ。どうしたいかは決めてる、ゲーム専門学校に進学だ。
どこを選んでいいのか分からない。いくつか学校の資料に目を通して、オープンキャンパスにも行った。それでも分からない。
「何」をしたくて「どう」したいのか。
「ゲーム」を作りたくて「開発」を学びたい。だから学校を探してる。
一人で探したいのに、どうしても他者と交わらないといけないのに嫌気がさしてしまう。皆心配しているのは分かってるし、期待されているのもなんとなく分かる。
そう思うと憂鬱だ。心配させたくない。期待を裏切りたくないと考えてしまう。それを理由に自分の失敗をおしつけてしまわないかと考えると余計に嫌になる。

色々とプレッシャーになる。誰かに言われているわけじゃないのに人と会うのが嫌で、しゃべるのが嫌で口を閉じてしまう。
このままじゃ駄目になると思いながら何もできなくて苦しい。キツい毎日が続きそう。



OMC二件、新規BU二本発注しました。江坂てぃあさん、東端さん。相変わらずの駄文でいつも申し訳ないと思いつつ楽しみです。
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